厚木の自然と人が育む、こだわりのパン屋さん
都市としての利便性、そして七沢エリアや相模川など豊かな自然にも恵まれる厚木市で支持される個性豊かな2つのベーカリーをご紹介します。幼少からの夢を実現させ故郷にお店を開いた「NoPell bakery(ノペルベーカリー)」とパン教室から発展し開業した「Plaisirプレジール千穂」です。どちらも真摯にパン作りに向き合い、その風味を求め遠方からもお客さまが訪れる人気店です。
故郷想いの夢追い人が拓いたパン人生。厚木の里山にお客さまを誘う「NoPell bakery(ノペルベーカリー)」

棚田も広がる里山の景色、小高い山の向こうは七沢で、その山あいから大山を望むこの場所は、厚木市西部にある上古沢という地域です。道路沿いに流れる小川には鮎が泳ぐ姿が見えるほど、色濃く自然が息づくエリアです。古くから野竹沢(のたけざわ)という地名で呼ばれており、この地に愛着を持つ男性が、パン工房NoPell bakery(ノペルベーカリー) を開店しました。
お店へのアクセスは、本厚木駅や愛甲石田駅からバスに乗って30分前後、バス停からも10分ほど歩いて到着します。そんな立地にも関わらず、営業日には遠方からもたくさんのお客さまが押し寄せる人気店となっています。


丘の上に建つ一軒家の一部がお店となっており、奥には、野竹沢という呼称の通り、見事な竹林も見えます。実はここ、店主である松村さんのご実家であり、ご自身が二十歳頃までお住まいだった建物とのこと。工房と売り場を設けて、2017年にオープンしました。


営業は、火曜、水曜、土曜、日曜の週4日のみ。朝10時にオープンしますが、開店直後からリピーターのお客さまが目当てのパンを求めて来店されることが多く、週末などは早い時間に売切れになる日もあるのだそう。せっかくなら、いろんな種類のパンを味わいたいもの。沢山の種類が並ぶ、午前中がねらい目ですね。


店頭には、食パンやバゲットなどシンプルな食事パンをはじめ、サンドイッチや季節の素材を使った総菜パンや旬の果物で彩り豊かな菓子パンなど、多い日には30種類ほどのパンが並びます。
特に菓子パンが人気で、中でも看板商品のクルミの入ったデニッシュ生地の「プノス(写真右)」は、ご自宅用や手土産などでも支持されているそうです。メープルシロップの優しい甘さとクルミのコクが、油分控えめの軽い食感のデニッシュ生地によく合っています。メープルの優しく上品な甘さが絶妙です。

お客さまからの要望を受けて、2025年5月末頃から売り出した「NoPellドーナツ」は、早くもリピートするお客さまも多い人気商品とのこと。「実は学生時代にアルバイトをしていたパン屋さんでは、主にドーナツの揚げ担当をしていました。当時から培ってきた技術とアイディアを組み合わせて作りました」と、はにかみます。
セミドライのレモンの果肉がアクセントになったレモンクリームのドーナツは、しっかりと酸味の効いたクリームがたっぷり入って、生地はふわふわながらも歯切れがよい食感が特徴的。甘すぎない大人向けの味わいが嬉しくなる一品です。


「未就学児の頃からパン屋さんになることを決めていたよね」と、ご祖父母が回想するほど、幼少期から漠然と製パン業に憧れ、やがて将来の夢へと変化していったと松村さんは話します。身内にパン屋さんがいるわけでもなく、パン屋が舞台の絵本や映画が好きだったなど直接的なエピソードは特に無いとのことですが、物心がつく前から、パン作りを生業とすることを決めていたというから驚きます。
その後の歩みもユニークです。中学校卒業後、すぐにパン職人の道に進みたかったとのことですが、ご両親の意向もあり、高校へ。将来のパン屋経営に役立つのではと、商業高校へ進み、在学中に日商簿記2級も取得。校則もあり、パン屋さんでのアルバイト経験は出来ず、「大学に進学してようやく念願のパン屋さんで(アルバイトとして)働き始めることができました」と、松村さんは当時を振り返ります。

言葉の通り、学生時代に大手ベーカリーの門を叩き、1年以上にわたり製造に従事。在学中になんと3つの大手ベーカリーの現場を順に経験します。経営学を専攻した大学を卒業した後も、興味のある製パン技術を持つパン屋さんで働き、学び続けていたのだとか。その一環で北海道に移住したこともあるというから驚きます。尽きない製パンへの探求心に突き動かされたような行動は、現在店頭で接客される松村さんの落ち着いた雰囲気と異なるから不思議です。
やがて国内大手ベーカリーの社員となり、製パンに勤しむ中、海外展開の任務としてアジア圏の数か国にて、店舗立ち上げも経験。主に現地の人々に日本の製パン技術を伝える教育業務に従事します。文化はもちろん価値観や働き方、考え方も大きく異なる彼の地の人々に、パン製造の技術を定着させる稀有な経験を通じて、改めて自身の働き方やパン店の在り方を意識し、少年の頃に抱いた夢、自店の開店を遂に実現することに。大学1年生からスタートした製パンの修行期間は、18年にも及んでいました。


開業は2017年11月。さらに居間だった1階部分も改装し、2023年2月に店舗を拡張しました。現在は、入店待ちや購入後の商品を食べることができるフリースペースとして利用されています。
そのフリースペースには、大学生の頃にアルバイト代を貯めて購入したというお気に入りのテーブルや椅子をはじめ、たくさんの家具が並んでいます。売り場への入店の順番を待つお客さまや購入後にパンを食べることもできるこの空間の居心地の良さも、同店の特徴の一つと言えそうです。時には、体験型のワークショップなどの会場としても使われることもあるのだとか。地域のコミュニティースペースとしても、根付き始めているようです。

店舗入り口付近には、野竹沢の地名を体現するような湧き水が引かれ、静かに流れています。店舗前に広がるガーデンには、草花が彩りを添え、テーブルやベンチも用意されています。
来店されるお客さまが増える中、パンと一緒に、野竹沢の里山の自然を感じることができるお庭や景色も楽しんでもらえたらと、ご両親が手入れを担っているのだそう。お客さまを出迎える気持ちが、お庭の様子からも伝わってきます。店名のNo Pell(ノペル)は、「野竹沢の庭:自然と暮らす」という言葉をフィンランド語に翻訳し、その単語の一部を組み合わせた造語なんだそう。まさにその名を体現した景色とお店が、野竹沢で営まれています。
パン以外にも、自家焙煎豆を使用したコーヒーや、オリジナルのソフトドリンクもテイクアウト用に販売しています。焼き立てのパンやドリンクを購入して、フリースペースや店頭の庭先でいただくのもよし、県立七沢森林公園の北口にある「森のアトリエ」まで歩いても15分で到着します。少し足を延ばして、気持ちの良い芝生でピクニックを楽しみながらランチとしていただくのも良さそうです。
食欲の秋、紅葉狩りやハイキングを兼ねて、厚木の里山にパンを求めに出かけてみてはいかがでしょうか。
※掲載情報は取材日時点(2025年8月)のものです。
INFORMATION
NoPell bakery(ノペルベーカリー)
厚木市上古沢、古くから野竹沢の名で親しまれる地域にあるベーカリー。経験豊かなパン焼き職人が、食事パン、総菜パン、菓子パン、さらには焼き菓子など約30品目を焼きあげて販売しています。週4日の営業日には、遠方からもパンを求めて来店される人気のパン店です。店内や店頭のお庭では購入したパンを食べることができるフリースペースの用意があります。
香り高い地元産小麦を使用。バラエティ豊かな手づくりパンが揃う「Plaisirプレジール千穂」

大山の東麓、里山の景色が広がる玉川近く、大磯と相模原を結ぶ県道63号線の「愛名入口」交差点からすぐの黄色いビルの1階のお店が「Plaisirプレジール千穂」です。本厚木駅からバスで20分ほどの場所にあるベーカリーで、地元産石臼挽き小麦を使った手づくりパンが評判です。バゲットやカンパーニュといったハード系から、惣菜パン、スイーツ系まで40種類以上が揃い、週2日の営業日には開店早々からたくさんのお客さまで賑わっています。


木の温かみのあるフローリングと什器、暖色系の照明が落ち着いた雰囲気の店内。奥から、レジカウンター、ショーケース、チルドケースが横一列に並んでいるので、パンの品揃えが一目でわかり、選びやすいレイアウトです。
レジカウンターの上の細長いライトは美術作家さんの作品で、フードロスで廃棄される前のバゲットを利用し、中をくりぬいてLEDランプシェードに仕立てた「パンライト」だそうです。(※作品に使用されているバゲットはPlaisirプレジール千穂のものではありません)


8時半の開店前から次々とパンが焼き上がり、11時頃にかけて40~50種類のパンがショーケースに勢ぞろいします。隣のチルドケースには、スモークサーモンや生ハムのサンドイッチ、フルーツと生クリームのサンドイッチなどのほか、チーズケーキやコーヒーゼリーといったデザート類も並びます。
小麦粉は、湘南小麦と秦野産ゆめかおりの石臼挽き小麦粉を主に使用。つくるパンに合わせてその配合を変えるので、生地は10種類以上にもなるそうです。
じっくり2日間かけて生地を冷蔵発酵させたあと成型し、オーブン3台を使って営業日前日の深夜から夜を徹して焼き上げていきます。すべての工程を店主の今福さんが一人で行っているので、お店の営業は週2日が限度とのこと。


ショーケースの上に並ぶのは食パン、フォカッチャ、クロワッサンなど。一番のオススメという「湘南バゲット(写真右)」は、湘南小麦ならではの香りと甘みを存分に味わうことができます。

ショーケース内の上段には南仏プロヴァンスの木の葉型パン「フガス」やオープンサンドなどの惣菜パンが並び、たくさんのお客さまがランチや朝食用に買って帰られます。
下段には全粒粉カンパーニュやモチモチ食感のロデブなどのハード系、バゲットホットドッグ、あんこバターが並びます。
アレルギーに配慮して卵や白砂糖、化学調味料も不使用。具材やソースはほとんど手づくりで、なるべくオーガニック素材や地元野菜を使い、地産地消を目指しているそうです。


食事用からスイーツ系まで揃うバゲットサンドも人気です。国産鶏のモモ肉をオリジナルブレンドのスパイス、調味料に漬け込んで焼いた「タンドリーチキンサンド(写真左)」は、ほどよくスパイシーなチキンとたっぷりの野菜で食べ応えのあるサンドイッチ。
開業当時からの人気商品という「あんこバター(写真右)」は、こし餡とさっぱりした味わいのカルピスバターがバゲットの塩味とよく合い、そのバランスが絶妙で、リピーターが多いのもうなずけます。同じバゲットサンドでも、中の具材によって生地の粉の配合や塩の量を変えているのが、Plaisirプレジール千穂流のこだわりで、具材に塩味がある惣菜サンドには通常のバゲットよりも塩を少なめにしているそうです。


店舗の入口横には、「冷凍自動販売機」が設置されており、焼きたての美味しさのまま密封パックし、急速冷凍したパンが販売されています。品揃えはその都度変わりますが、「全粒粉カンパーニュ(写真右)」や「湘南バゲット」、「ミルク食パン」などの他に、自販機でしか購入できないグラノーラやビスコッティも販売されています。お店の営業日以外でも購入できるのが有難いですね。
冷凍パンは常温で自然解凍し、霧吹きで表面を湿らせてからトースターで表面をパリッと温めると、店で焼き上がったばかりのような香ばしい小麦の香りを楽しめるそうです。

パン生地の仕込み、発酵から焼き上げ、フィリング(具材)の調理まで一人でこなす店主の今福さんですが、パンづくりの仕事に就く前は、意外なことに、まったくパンとは無縁の生活だったそうです。
「自分が育った家はご飯中心の生活で、パンが出ることは滅多にない、そんな環境でした。小さい頃にパンやお菓子をつくった経験もほとんどなし。結婚後も料理が苦手で、計量して何かをつくることなどしたことがありませんでした」
そんな今福さんに転機が訪れたのが2009年でした。ご家族3人が同時期に病気や事故で入院することになり、看病を余儀なくされます。早朝から夜遅くまでの会社仕事と看病の日々。疲れた身体を癒してくれたのが、ご主人がホームベーカリーでつくってくれる焼きたてのパンとハンドドリップ珈琲の朝食だったそうです。焼きたてのパンの香ばしさ、美味しさに感動した今福さんは、「自分でも本格的につくってみたい」と大手パン教室に通い始めます。
パンづくりを学び上達してくるにつれて、自宅でパン教室を開催したいという思いが強くなっていった今福さんは、厚木市が開催している起業スクールに応募。起業・経営のノウハウを学び、2014年には念願のパン教室を自宅で開講するようになります。教室では様々なパンを焼き、生徒さんに試食用として提供していましたが、「パンを買って持ち帰りたい」という、購入を希望する生徒さんの声が多くなったことから、「菓子製造業」の資格を取得。2017年から自宅の玄関先でパンの販売を開始します。
そして、様々なご縁があり、2022年11月、厚木市長谷に「Plaisirプレジール千穂」をオープン。満を持しての実店舗販売はたくさんのパン愛好家の支持を得て、今では遠方からもお客さまが通う人気のベーカリーとなっています。
店名の「Plaisirプレジール千穂」は、フランス語で「喜び」を意味するplaisir(プレジール)に今福さんのお名前、千映子の「千」の字とパンを想起させる「(麦)穂」を合わせたものだそうで、焼きたてパンに感動した喜びに由来しているそうです。
パン教室から始まったPlaisirプレジール千穂。最近では、「今日は珍しい素材が入手できたから、いつもとは違うパンもつくってみよう!」と新作に挑戦することも多く、パンの種類も増えているそうです。人と会話するのが大好きという今福さん。美味しいパンとの出会いと喜びの輪がこれからもどんどん広がっていきますね。
七沢や日向エリアへの散策の途中に立ち寄って、焼き立てのパン選びを楽しんでみてはいかがでしょうか。
※営業日(水曜・土曜)に販売されるパンの内容は毎週月曜日に公式LINE及びインスタグラムで告知されます。また、公式LINEでの事前予約も可能です。
※掲載情報は取材日時点(2025年9月)のものです。
INFORMATION
Plaisirプレジール千穂
石臼挽きの湘南小麦など地元産の素材を使った手づくりパンが人気のベーカリー。ハード系から、惣菜パン、スイーツ系まで40種類以上揃うパンはすべて白砂糖・卵不使用で、ソースやフィリングも無添加の手づくりです。週2日(水曜・土曜)の営業ですが、店休日でも店前に設置された冷凍自動販売機で焼きたてを冷凍したパンや焼き菓子の購入ができます。