歴史と自然が息づく日向渓谷で、食とレジャーを楽しむ一日旅

伊勢原市日向(ひなた)は、霊峰大山の東麓に位置し、丹沢大山国定公園にも指定されています。今回は、日向川沿いにあり、幕府開府後に徳川家康も帰依し庇護したと伝わる浄発願寺へのお参りと日向渓谷の自然を満喫するレジャースポットをご紹介します。

木食(もくじき)僧が開山した天台宗の寺院。徳川家康公との所縁も深い「浄発願寺」

伊勢原市日向(ひなた)地域へのアクセス

今回ご紹介する浄発願寺やクアハウス山小屋・日向渓谷マス釣り場へのアクセスは、伊勢原駅北口から「日向薬師行」バスで約20分の「日向薬師」バス停(終点)を利用します。バス折り返し場内には公衆トイレがあり、隣に「日向薬師珈琲焙煎所」があります。浄発願寺奥の院を訪れる方は、山道を歩くのに適した登山靴の利用がお薦めです。日向薬師境内へはここから歩いて15分ほどです。

日向薬師バス停から、日向川を左手に見ながら、田畑が点在する長閑な里山の景色の中を歩きます。緩やかな登り坂を歩くこと約12分。日向川にかかる赤い欄干の橋と三重塔が見えてきます。この橋を渡った先が、「浄発願寺(じょうほつがんじ)」、天台宗弾誓(たんせい)派総本山で400年超の歴史をもつお寺です。

橋を渡ると本堂があります。中には阿弥陀如来坐像のご本尊が祀られています。もともとは、日向川の上流、さらに1.4kmほど先の高台にありましたが、1938年9月に関東一円を襲った暴風雨によるがけ崩れで、本堂や庫裡などの建物をはじめ文物など多くの寺宝が壊滅的な被害を受けました。その後、1942年に、この場所に移り、本堂も再建されました。

無常山一之澤院と号する浄発願寺。米や麦などの五穀をはじめ、魚も肉も摂らず木の実や草のみを口にして修行を積む木食(もくじき)の開祖とも言われ、全国を巡りながら修行を積んだ弾誓上人(たんせいしょうにん)が、1608年に開山しました。時は、江戸幕府が開府した直後で、大坂冬の陣に至る前。社会的な大変化を予感させる時代です。征夷大将軍の座は、すぐに息子の秀忠に譲りながらも、なお精力的に活動していた徳川家康公は、弾誓上人がひたむきな姿勢で修行する姿に心を打たれ、付近の土地を寄進し手厚く庇護しました。

本堂入口に掲げられている寺号額は、家康が晩年に師と仰いだ寒松(かんしょう・藤堂高虎公)の筆によるものと言われています。(写真右 朱色の縁の額)

境内で、ひと際目を引くのは高さ23.1mの三重塔です。完成から間もなく20年を迎える比較的新しい建物ですが、その内部には、1686年作の出山釈迦文仏像が祀られています。

御朱印は、本堂左側の護摩堂で受け付けています。また本堂前には、1755年に鋳造された安産御守護子安地蔵、厚木市上荻野出身で浮世絵師の歌川豊国の門人となって活躍した絵師、歌川国経(うたがわくにつね)の供養塔があります。


谷戸の静寂に包まれる厳かな岩屋。弾誓派発祥の地「浄発願寺 奥の院」

境内から日向川の上流方面へ歩くこと、約15分。クアハウス山小屋を越えた先にある「一の沢橋」を渡ると、浄発願寺奥の院の入口となる広場があります。関東大震災(1923年)以前は、ここに閻魔堂がありました。右手奥の山門跡から奥の院(岩屋)までは、さらに15分ほどを要します。急坂や一部山道が崩れているところもありますので、足元に気を付けて歩きましょう。

開山以来、本寺は弾誓派の木食僧によって継承されてきました。中でも、秋田城主佐竹氏の出身の四世 空誉上人(くうよしょうにん)は、現在の奥の院へと続く中腹に、本堂以外にもさまざまな建物を建てるなど、寺の発展に大きく尽力しました。

さらに四代将軍 徳川家綱の時代に、幕府から罪人53人を乞い受け、罪業を悔い改める機会として境内整備の役務につかせます。罪人ひとりにつき一段ずつ築かせたという53段の石段(写真左・復元されたもの)は、その物語を今に伝えています。

このようにして、放火や殺人などの大罪以外を犯した者たちの間で、浄発願寺は罪が許される「駆け込み寺」として広く知れ渡るようになりました。

本堂跡の左にある木橋を渡り、急登をさらに進んでゆくと、谷合の開けた場所に到着します。ここが奥の院と呼ばれる場所であり、岸壁には弾誓上人自らが開き、行を積んだという岩屋があります。周辺には浄発願寺に勤めた歴代の僧侶のお墓、無縫塔が並んでいます。この岩屋が、浄発願寺の発祥の地です。木々の葉が揺れる音しか聞こえてこない、静寂という言葉がふさわしい霊場です。

穀物も魚も肉も口にせず、木の実や草などしか摂らないという木食戒を自らに課し、心身を清めながら、念仏を唱え続ける行。真っ暗な洞窟で、昼夜問わず行を続けることで、浄発願寺の名の通り、自我を越えた浄い(きよい)願いを発するほどの状態に至ることができたのでしょう。厳しい行に臨む弾誓上人のストイックな姿に、多くの僧とも交流があった徳川家康公も驚き、強く心を打たれました。

今も変わらずに、往時の雰囲気を留める奥の院で、気持ちを静かに鎮めるだけでも、気分がすっきりとしてくるから不思議です。

奥の院への入口付近に日向薬師方面と繋がるハイキングコースとの分岐があります。また奥の院から下り、日向川沿いの道を右手に進んですぐの所に、勝五郎地蔵を経て大山の見晴台へ通じる関東ふれあいの道、九十九曲がりハイキングコースの入口があります。

日向渓谷から見晴台、大山へ至る山道もレジャー的登山が普及する遥か昔から、行者や修験者たちが歩いた古道で、その雰囲気を今も色濃くとどめています。


自然あふれる日向渓谷でたっぷり遊んで寛ぐ休日の最適地「クアハウス山小屋」「日向渓谷マス釣り場」

浄発願寺から奥の院へ、日向川の上流に向かって歩く途中にあるのが「日向渓谷マス釣り場」と「クアハウス山小屋(写真上)」です。どちらも日向渓谷で長年営業を続ける人気のレジャー施設です。

まずは、奥の院の手前にある円形の大きな屋根が目印のクアハウス山小屋を訪ねてみましょう。河原近くまで広がる敷地にはBBQやテントを張ってキャンプができるスペースが広がっています。山小屋という名称ですが、建物内の宿泊営業はありません。キャンプサイトでのテント泊は通年可能です。

春から秋にかけては、日向川での川遊びを楽しみながら、BBQに舌鼓を打つファミリーやグループが多く訪れます。道具のレンタルや薪や炭の購入はもちろんのこと、肉と野菜、さらにはニジマスもセットになった食材(前日午前中まで受付)も用意してもらうことができるので、手ぶらで来ても存分に楽しむことができます。クアハウス山小屋付近の河原では、川魚の手づかみ体験(要事前予約)ができ、お子さまにも好評です。

クアハウス山小屋内には、レストランもあり地元の食材を使った食事を楽しむこともできます。暑い季節は、冷房が効いた室内で、寒い季節には暖炉から薪がはぜる音を聞きながら、ゆっくり会話と食事が楽しむことができるレストランです。テラスにある大きなテーブル席は、日向の自然を身近に感じることができる特等席です。

食事は軽食から定食類までいろいろなメニューがありますが、人気なのがニジマスやヤマメのお刺身です。透き通るようなピンク色の締まった身が、新鮮さを表しています。ニジマスのお刺身(写真上)は、クセがなく、旨味を感じる味わいです。川魚のお刺身を提供しているお店は、それほど多くありませんので、貴重な食体験としてもおススメです。

定番のニジマスやヤマメの塩焼きは、皮についた粗塩を落としてから食べるのがポイントです。箸でほぐすと、ふっくらと柔らかい身が現れます。骨も柔らかく、食べやすいので、お子さまもパクパクと食が進むと評判です。塩焼きと同じように、一匹丸々を揚げた唐揚げも定番として支持されています。

ジビエ肉「鹿肉の味噌漬け焼き」は、一口サイズにカットされ焼き上げられて提供されます。淡白な鹿肉に濃厚な味噌ダレが合い、ご飯にもよく合います。同じ鹿肉を使った「しか肉のカレーパン」は、お店で働くパートさんが考案したメニューで、オーダーが入ってから揚げるというこだわり様。軽食やおやつ、ビールのおつまみにも最適で、リピートされるお客さまが多い一品とのことです。

新鮮なニジマスやヤマメを使った川魚料理や鹿肉の料理など、この地ならではのメニューが揃い、地元の酒蔵・吉川醸造の日本酒など、お酒メニューも充実しています。食事を目的に、クアハウス山小屋を訪れる常連のお客さまが多いというのも頷けます。

夏季限定のかき氷は、河原でたっぷりと遊んだお子さまだけでなく、大山から下山したハイカーにも好評の一品。他にも、通年販売しているソフトクリームやケーキもあり、コーヒーと合わせて喫茶に利用されるお客さまも多いのだとか。食事だけでなく、軽食や休憩の利用にもぴったりですね。

クアハウス山小屋のもう一つのお楽しみが、日帰り湯です。川遊びを楽しんだ後やキャンプ場に宿泊するお客さまの利用だけでなく、大山登山や日向周辺でハイキングを楽しんだハイカーが、汗を流しに立ち寄ります。温泉ではありませんが、天然水を使用した水質のよいお風呂は、極上の日向散策の締めくくりとなりそうです。風呂上りに、レストランで食事とビールなんて、最高でしょうね。

クアハウス山小屋から下流に向けて6分ほど歩くと、姉妹施設「日向渓谷マス釣り場」があります。こちらは、クアハウス山小屋より古くから営業する施設で、釣り体験と合わせ、BBQも同時に楽しむことができるレジャースポットとして支持されています。ご家族三世代で毎年訪れるようなリピーターのお客さまも多いそうです。

釣り体験は、釣り堀利用と渓流釣りのどちらも楽しむことができます。釣り堀では、利用料や道具のレンタル料以外に、釣った魚の数量分を支払い、その魚を持ち帰ることもできます。(クアハウス山小屋へ持ち込み、調理してもらうことも!)

渓流釣りの場合は、料金にニジマス4匹分の放流代が含まれており、4匹以上釣り上げても追加料金はかからないというユニークなルールとなっています。時には4匹釣れないこともあるそうですが、せせらぎの音を聞きながら、流れ続ける清流に糸を垂れ、ニジマスと向き合うのも、よい気分転換になりそうです。

別途施設利用料やレンタル代、燃料代を支払えば、日向川から釣り上げた新鮮なニジマスを、そのまま河原で焼いて食べることもできます。クアハウス山小屋同様に、前日までに事前予約すれば、お肉や野菜などの食材の用意にも対応しています。釣り竿からBBQ道具なども揃っているので、日向渓谷マス釣り場もほぼ手ぶらで来ても楽しむことができます。

クアハウス山小屋と日向渓谷マス釣り場は、現在は三代目となる柳内さんを中心に運営されています。狩猟免許を持つ、大山や日向の山に精通した地元出身のご祖父が半世紀以上も前に日向渓谷マス釣り場を開業。その後1996年にクアハウス山小屋もオープンしました。

以来、地元だけではなく、都内など遠方から訪れるファミリーやグループのお客さまをはじめ、大山登山を楽しむハイカーらも足繁く訪れています。時代が変わっても、日向渓谷の自然をじっくりと堪能できるロケーションでの食事やレジャー施設として、支持され続けています。

近くには、あじさいや彼岸花で有名な古道、日陰道もあります。日向薬師なども含めた日向エリアの散策と合わせて、ぜひご利用ください。


記事のスポット情報

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浄発願寺(じょうほつがんじ)

400年の歴史を持つ天台宗弾誓(たんせい)派総本山の寺院です。無常山一之澤と号する浄発願寺は、木食(もくじき)の開祖とも言わる弾誓上人によって1608年に開山しました。弾誓上人が修行を積んだ岩屋がある奥の院は、現在の境内から歩いて30分ほど、山道を登ったところにあります。

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クアハウス山小屋

日向渓谷にあるレジャー施設です。ニジマスやヤマメなど川魚や鹿肉料理も提供するレストランの他、日向川のほとりまでキャンプやBBQが楽しめる屋外スペースが広がっています。キャンプ場は、日帰りだけでなく宿泊もできます。館内には、日帰り湯もあり、ハイカーなどが下山後に汗を流しに立ち寄ります。姉妹施設の日向渓谷マス釣り場は、釣り体験(渓流釣り・釣り堀)とBBQを楽しむことができます。