宿場町の面影のこす歴史の町、厚木。本厚木駅近くで手作り料理が評判のお店
江戸時代には宿場町「厚木宿」として栄えた厚木市は、大山道、藤沢道、八王子道(滝山街道)が交差し、相模・武蔵・甲州を結ぶ交通・物流の重要な地点でした。そのような土地柄もあり、この地には古くから美味しいものを提供するお店が軒を連ねてきました。令和となった現在に、今なお素材と手作りにこだわる評判のお店「一茎庵」と「晴れ屋」をご紹介します。小旅行気分で、美味しいモノを求めにお出かけください。
蕎麦と料理、そして酒の奥深い世界を垣間見る。味覚が覚醒するような食体験へ誘う「一茎庵」


夏には多くの釣り人が糸を垂れる相模川。実は明治41年(1908)に木造の相模橋が架けられるまでは、対岸とは船で往き来が必要でした。現在、河原に渡船場(とせんば)があった付近に「厚木の渡し」の石碑(厚木市東町8)が建っています。この川岸近くの東町周辺は、厚木宿の中でも「上宿」と呼ばれ、言わば江戸から西へ向かう旅人の玄関口でした。この上宿にあった旅籠「万年屋」に滞在した江戸時代後期の画家、渡辺崋山は、長閑な河原の様子や大山の山容など厚木村の6つの風景画「厚木六勝」を遺しています。


その宿場町の風情が漂う厚木市東町の住宅街の中に、「一茎庵(いっけいあん)」があります。企業を定年まで勤めあげた木嶋茂さんが、夫人の恵美子さんと一緒に開いたお店です。現在、お昼は蕎麦屋として、夜は予約制の料亭として営業しています。昼夜共に営業は不定休のため、事前にホームページやSNSをチェックして向かいましょう。お昼は予約不要とのことですが、席数が限られていることや、予約が必要な料理もあるため、前日までに予約することをお薦めします。


建物右手にある引き戸の玄関から靴を脱いで入店します。床だけでなく、高い天井まで板張りの道場のような居室の中央に大きなテーブルがあり、8脚の椅子が並んでいます。お昼は相席となり、夜は予約制の一組貸し切り営業です。
火鉢におかれた鉄瓶には、店主自らが汲んでくる名水が入っています。「4時間ほどかけて沸かす『この白湯が、お店で一番おいしい』とおっしゃるお客さまも多いです」と、店主の茂さんが明かします。この白湯もメニューに並ぶ一品(要事前予約)です。


お昼も、お蕎麦以外の一品料理をいただくことができます。蕎麦前として、「だし巻き玉子」と「海苔炒め」、さらに徳島県で栽培される希少なジャガイモ「ごうしゅいものバター和え(季節限定)」をオーダーしました。

削りたての鰹節のお出汁(だし)と合わせて焼き上げたという「だし巻き玉子」は、焼き立てでなく、冷ましたもの。ひと口いただくと、まず出汁の香りがたち、玉子の風味が重なります。日ごろの味覚がリセットさせるような味合いです。
焼き海苔を胡麻油でさっと炒め、塩をふっただけの「海苔炒め」の濃厚な味と香りに驚きます。慣れ親しんだ海苔とは、まるで別物。それもそのはず、生産者から取り寄せているというアサクサ種の海苔は、なんと絶滅危惧種に指定される超希少品とのこと。噛むほどに旨味と悦びが広がります。
さらに「ごうしゅいものバター和え」は、芋本来がもつ滋味に、目が覚めるようです。「ごうしゅいもは、お子さまから度々リクエストされるリピートの多い人気メニューです」と、恵美子さんが目を細めます。国内におけるジャガイモの原種と言われるごうしゅいもの味の濃さたるや。食材のもつ味の力強さをストレートに感じます。
「酒屋を自負する当店は、現在1,200本ほどの日本酒、一升瓶を在庫して提供しています。長いモノは45年ほど寝かせた古酒もあり、同じ銘柄のお酒の製造時期で飲み比べるような楽しみ方も提案しています」と、茂さん。蕎麦前をいくつか注文し、厳選された日本酒といっしょに味わいましょう。

驚きと発見が止まらない蕎麦前を体験すると、お蕎麦への期待も否応なしに高まります。
全国各地の蕎麦の産地、おもに東北から九州南部で栽培される「在来種」の蕎麦(実、玄蕎麦)を仕入れ、常時20種ほどを低温で貯蔵しているという一茎庵。そのうち4種類のお蕎麦を週替わりで提供しています。自家製粉し、茂さんが打った蕎麦4種を一度に味わえるメニューが、「4種食べ比べ」です。産地も品種も異なるお蕎麦の味わいの違いを体験してみましょう。


例えば、この週のメニューに並んだのは「肥後南阿蘇在来 円空鉈切り 85%(写真左)」です。削りたて、近海物の上質な鰹節の下に太めに切られた濃い色のお蕎麦が顔を覗かせます。大根おろしとそのおろし汁に薬味のネギが少々、これをお醤油でいただきます。香る蕎麦の歯ごたえも面白く、鰹節とお醤油が、蕎麦がもつ甘さを引き出すようです。蕎麦を食べ終えた後の汁も、飲み干したくなる一皿です。
「鹿沼在来 83%(写真右)」は、もりそばスタイルで、自家製のそばつゆでいただきます。白く細い蕎麦は、食感ものどごしもよく、甘さ控えめのそばつゆは、蕎麦の味をさらに引き立てるようです。「そばつゆの原料、かえしには、お醤油と煮詰めて(アルコールを飛ばし)濃縮した日本酒を、砂糖やみりんなどの代りに甘味として使っています」と、茂さん。日本酒の甘さを使う「かえし」とは、ユニークですね。食後には、蕎麦の余韻を楽しむように、濃厚なそば湯もいただきましょう。なお、事前予約すれば天ぷらもお願いすることができます。


定年まで衣類の生産管理や技術指導の仕事に従事してきたという店主の茂さん。自社の工場があった中国無錫市をはじめタイやベトナムなどにも赴くことも多く、年に半分ほどは海外で過ごすような生活だったと言います。赴任中は、工場内に寝泊まりする部屋を設け、ほぼ「自炊」をしていたという茂さん。徐々にその手料理の評判が広まり、取引先や仕事仲間などからのリクエストで、たびたび食事会を開くことに。国内のご自宅でも、友人らを招いて料理を振る舞うことも多かったと言います。
茂さんが味に覚醒したきっかけとなったのは、越前のとある蕎麦店との出会いでした。店主が打つ蕎麦だけを目的に何度も福井まで往復した20代。その後、いろいろな蕎麦屋を巡り、徐々にご自身でも蕎麦を打つように。そして仕事で滞在した中国や東南アジアのローカルな食事体験から、ご自身の味覚も料理の幅も広がっていったと言います。

お昼の営業で、蕎麦以外の料理をいただく場合は、前日までの予約が必要です。その予約が必要なメニューのひとつで、人気なのが「かつ丼」です。これも、今までのかつ丼観がひっくり返ると言っても大袈裟ではない、一茎庵の哲学が味わえる一品です。甘味が効いた醤油出汁ベースの一般的なかつ丼の風味とは全くの別物で、甘さは玉ねぎのみ。鰹節出汁と揚げられた豚肉の味わい深さに箸が止まらなくなるほどの味わいです。5種の添え物もまた格別で、10年もの(!)という沢庵、梅酢から自家製という紅ショウガ、極太のメンマなど、多様で力強い味がアクセントとなり、優しい味のかつ丼を引きたてます。そして透き通った味噌汁を口にふくめば、一茎庵の料理、出汁の魅力や奥深さが、よりリアルな実感として腹落ちし、言葉通り「腑に落ちる」ことを自覚します。


デザートには、「リピート率がほぼ100%」という、わらび餅を。提供する半日前に練り上げ、熱をとって落ち着かせた頃合いが一番の食べ頃とのことで、こちらも事前予約(お二人分から)が必要です。天然のわらび粉100%のわらび餅は、最初のプルプルとした食感から、ゆっくり口溶けする変化もよき。きなこを上手に絡めとって、余すところなくいただきましょう。
鎌倉時代の道元禅師による「典座教訓」、禅寺の料理長(典座、てんぞ)の心構えを記した規範書に登場する言葉、一茎草(いっけいそう)は、道端にあるような名もない小さな草のこと。些細な一本の草、小さなことへも全身全霊を傾けて向き合うことが修行の根本だという考えを説きました。その「一茎」を店名に掲げ、2011年にご自宅を改装し開店。今年、一茎庵は、16年目を迎えました。
お店を開くことに当初は反対だったという恵美子さんですが、日々お客さまを迎えることに嬉しさを感じていることが、阿吽の呼吸のお二人の仕事ぶりからも伝わってきます。お二人に、調理や食材について質問するのも楽しいひと時になりそうです。経験値、情報量、そしてストックしている食材とお酒の量に驚愕すること必至です。
出汁とは、食材とは、旬とは、味とは、酒とは――。一度の訪問では、一茎庵の実力、真価を計ることは、難しいようです。昨今もてはやされる派手さや映えとは無縁ながら、本能的な食や味への興味が湧いてくることでしょう。新しい食体験として、ご自身の味覚の発展、いや開眼に。まずは一度、一茎庵を訪ね、その味をじっくり噛みしめることをお薦めします。
こだわりの食材と調味料でつくる定食が評判。食品や古着も販売するオーガニック・カフェ「晴れ屋」


本厚木駅北口から「一番通り商店街」を歩いて約4分。ビルの2階に店を構える「晴れ屋」は、こだわりの食材と調味料でつくる料理が人気のカフェです。
2004年のオープン当初から、当時はまだ珍しかったヴィーガン対応のメニューを導入し、食の多様性に配慮した食事を提供しています。また、併設のショップではオーガニック食材やエコロジカルな雑貨も取り扱うなど、時代を先取りするスタイルで、20年以上にわたり地域の人々に愛され続けているお店です。

店内に入ると、たくさんの食材が並ぶショップスペースが目の前に広がります。原材料を厳選し丁寧につくられた食品や調味料をはじめ、日本各地から取り寄せた伝統食材、フェアトレードの食品、生活雑貨や衣類などが所狭しと並ぶ商品の量が、圧巻です。
商品はすべて、オーナーの目利きで「生産者の心意気を感じられるもの」をセレクトしているそうです。


カフェで使われている野菜もショップの棚に並びます。有機農産物を中心に、旬の野菜を近隣や各地の契約農家さんから仕入れており、その新鮮な野菜を求めて、定期的に訪れるお客さまも多いそうです。
ショップの一番奥には古着コーナーがあります。「晴れ屋」を始める前から国内で使われた衣類のリユース運動に取り組んでいたオーナーが、現在も独自に仕入れた古着を販売しています。

ショップと反対側のカフェスペースは、木の温もりあふれるテーブルや椅子が配置され、静かで落ち着いた空間が広がっています。窓側にはカウンターテーブルもあり、お一人のお客さまに重宝されています。
カフェは、11:30から20:00(L.O.19:30)までの通し営業なので、自由な時間に食事や飲み物を楽しむことができます。


「季節の定食」をはじめ、「肉や魚の定食」、「日替わりヴィーガン惣菜定食」、さらには「カレー」や「玄米汁ビーフン」など多彩なメニューが揃い、その日の気分や食嗜好に合わせて選ぶことができます。
この日の「季節の定食」、ごろごろ里芋のきのこあんかけハンバーグ定食は、滋味深いあんかけハンバーグで、秋冬は里芋、春夏は国産大豆のこだわり豆腐を使っているそうです。
蒸した里芋に、ひじき、クルミ、長ねぎと合わせたハンバーグは、ふんわりと柔らか。口の中に里芋特有のねっとりとした旨味が広がります。動物性食材不使用ながら、きのこたっぷりのあんかけで満足感のある一品です。
脇を固める副菜は、じゃがいものサブジ(インド風炒め煮)、切り干し大根の南蛮漬け、蕪と白菜の梅肉和え。一つひとつが丁寧につくられていることが分かる、身体がホッとする優しい味つけです。
自家製ブレンド味噌をつかった鰹出汁の味噌汁は、お好みでヴィーガン仕様の澄まし汁やスープに変更も可能です。


スパイスを贅沢に使った「薬膳カレー」(大豆ミートのキーマ、スパイシーチキン、季節のヴィーガン)は、開業当初からの定番メニューです。
とりわけ人気の「大豆ミートのveganキーマカリープレート」は、たっぷりの玉ねぎとトマトをベースに、大豆ミートのしっかりした旨味を感じられる一皿です。ほどよくスパイシーなガラムマサラの香りが、食欲をそそります。
プレートを彩るのは、じゃがいもとひよこ豆のターメリック炒めや、蕪の白和え、茄子とパプリカの中華風炒め、自家製ピクルスといった、カレーと相性抜群な多国籍風味の副菜たちです。白米や玄米のご飯とともに、一品ずつ異なる味わいを楽しみましょう。(カレーや定食のご飯は、白米、玄米、ハーフ&ハーフの3種類からセレクトできます)
お肉のメニューなら、純国産のブランド鶏「丹精國鶏(たんせいくにどり)」を使った「スパイシーチキンカレープレート」がおすすめです。無農薬栽培のインド産スパイスが鶏の濃厚な旨味を引き出し、奥行きのある香りを楽しめます。

デザートには、日替わりのホームメイドケーキや季節限定スイーツが用意されています。この日、チャイとともにいただいたケーキは、卵・白砂糖・乳製品不使用の「プルーンとよもぎのパウンドケーキ」です。甜菜糖とプルーンの自然な甘みが、春らしいよもぎの香りを引き立て、しっとり優しい味わいでした。
ドリンクメニューは、無農薬栽培のコーヒーや穀物コーヒー、有機紅茶やハーブティーといった温かい飲み物から、自家製ジンジャーエールやストレート果汁のジュースなどのソフトドリンク、さらにはビールやワインなどのアルコールまで揃っています。そのどれもが、オーガニックやフェアトレード認証を受けたものばかり。豊富なラインアップの中から、その日の気分やスイーツにぴったりのお飲みものを選んでみてはいかがでしょうか?

オーナーの小泉さんは秦野市のご出身。写真専門学校を卒業後、広告代理店のカメラマンとして活躍されていましたが、「求められる写真を撮る日々」の中で、自らの表現欲求との乖離に悩み、会社を辞めて、海外放浪の旅に出ることを決意します。
様々な国を訪問し、旅を続ける中で、小泉さんはある衝撃的な事実に直面します。それは、アジアや中東へ支援物資として送られた古着の一部が、日本の業者によって買い集められ、日本国内で高い価格で販売されているという皮肉な事実でした。
衣類の支援とビジネスの矛盾を目の当たりにした小泉さんは、帰国後の1996年、国内で古着を循環させる「国内循環古着プロジェクト」を始動させます。自ら古着を回収し、リユースのために販売する事業に乗り出しました。
そんな小泉さんの「持続可能な暮らし」への探求は、やがて「食」の領域へ向かい、2004年には、オーガニック・カフェ「晴れ屋」をオープンします。有機食材を使った料理や、当時まだ先駆的だったヴィーガン対応の料理を提供するカフェは、関心をもつ人たちの間で評判となり、瞬く間に街の人気スポットとなりました。
オープンから20年以上。今後は、衣食住だけでなく、音楽ライブなどの「遊」、そして、(食育など)学びの「知」も加えた「衣・食・住・遊・知」をテーマに発信するカフェにしていきたい、と語る小泉さん。
進化し、深化し続ける「晴れ屋」のこれからが楽しみですね。
厚木にお出かけの際には、オーガニックな食事を味わいながら、心地よい暮らしのヒントを探してみてはいかがでしょうか。
※掲載情報は取材日時点(2026年3月)のものです。
記事のスポット情報
INFORMATION
一茎庵(いっけいあん)
厚木宿の風情が残る厚木市東町の住宅街に佇む、隠れ家のような料理店。お昼は蕎麦店として、夜は事前予約制の料亭として、営業しています。自慢のお蕎麦は、各地の生産者から直接仕入れる「在来種」を使用。鰹節をはじめ、昆布や魚介出汁などを巧みに使い分ける和食ベースの一品料理も評判です。古酒を含む1,200本もの日本酒とともに、食材の輪郭を引き出す「出汁の真価」を実感する、極上の食体験が待っています。
INFORMATION
晴れ屋
こだわりの食材と調味料をつかった定食やカレープレートが人気の本厚木駅近くのオーガニック・カフェ。2004年に開店し、20年以上営業を続ける地域密着の人気店です。ヴィーガン対応の料理や厳選した肉・魚の料理もあり、食の多様性に配慮した豊富なメニューが自慢です。併設されたショップには、オーガニック食品やエコな生活雑貨などが揃い、食事や喫茶の合間にエシカルなお買い物を楽しむことができます。