信仰の道 白山順礼峠ハイキングと七沢の老舗で味わう、ふっくらと香ばしいうなぎ料理

開山から1300年の歴史を刻む古刹「飯山観音 長谷寺」の背後にある、標高284mの白山(はくさん)は、自然と信仰が息づく里山です。かつて観音霊場を巡る人々が行き交った「順礼峠」を経由して、七沢方面へ抜ける「白山順礼峠ハイキングコース」を歩くと、静けさの中に往時の気配をとどめていることにきっと気づくでしょう。たっぷりと歩いたあとは、山あいの温泉郷・七沢へ。老舗の「和風料理おかめ」で香ばしく焼き上げたうなぎを味わいながら、旅の余韻にひたるのはいかがでしょうか。

初心者にもおすすめ。里山らしい風景と大パノラマを満喫する「白山順礼峠ハイキングコース」

さまざまな商業施設が立ち並ぶ本厚木駅北口のバス乗り場から乗車し、市街地を抜けると、やがて車窓の向こうに丹沢の稜線が近づいてきます。およそ20分で最寄りの「飯山観音前」バス停に到着。ここから「白山順礼峠ハイキングコース」への旅が始まります。

遠くからでもよく目立つ「飯山白山森林公園へようこそ」と書かれた大きなアーチをくぐり、春には桜の名所となる川沿いの散策道を歩いて10分ほど。坂東三十三観音霊場の第六番札所としても知られる「飯山観音 長谷寺(ちょうこくじ)」の寺標が見えてきました。右手の駐車場の脇にはトイレがあり、ここを過ぎるとハイキングコースの終点までトイレはありません。ここで済ませておくと安心です。

長い石段を上り切った先に現れるのが観音堂です。18世紀中期の建立と伝えられ、1962(昭和37)年には厚木市有形文化財に指定されました。今年(2025年)は開山1300年という節目の年にあたり、記念の切り絵御朱印が頒布されているので、寺務所に立ち寄るのものもいいでしょう。

観音さまに手を合わせたら、いよいよハイキングのスタートです。観音堂の左手にある登山口は、男坂と女坂の二手に分かれています。女坂はゆるやかな坂道が続くコースで、四季の自然を感じながら歩けば20〜25分ほどで山頂へ。対して、男坂は急な階段が延々と続きます。急登でも平気な方であれば、こちらを通ると15分ほどで登頂することができます。

どちらの入口にも、鳥獣防護柵の扉が設けられています。通過したあとは、忘れずにしっかりと閉めておきましょう。

木々はほどよく茂りながらも、視界が抜けていて、自然の息づかいを感じながら気持ちよく歩くことができます。アップダウンは比較的おだやか。ほとんどの行程は歩きやすい道が続きますが、ところどころに膝を高く上げる必要のある丸太の階段や、木の根が張り出した場所もあります。足を斜めに上げ下げし、歩幅をやや小さく保つよう意識すると、足への負担を抑えながら快適に登ることができます。

いよいよ白山の山頂に到着です。展望台の下にはテーブルやベンチがあり、ひと息つくのにぴったり。腰掛けて呼吸を整えたら、ぜひ展望台の上にも行ってみましょう。案内板と照らし合わせながら、横浜ランドマークタワーや東京タワーを探してみるのも一興です。冬の澄んだ空気の日だと、遠く東京スカイツリーの姿を望めることもあります。

高台ならではの爽快な眺望を満喫したら、白山山頂を後にして、物見峠を目指します。

ここからはアップダウンが増え、山道らしさを感じながらの行程になります。展望台からおよそ10分で御門橋方面への分岐点に到着。そのすぐ先には、約100段の木段が現れます。しっかりと整備されていて歩きやすいものの、登り下りを重ねてきた足には少し疲労を感じる頃。段差に注意しながら、一歩ずつ確実に進みましょう。

道標が随所に設置されているのも、「白山順礼峠ハイキングコース」の魅力のひとつ。道標をこまめにチェックしながら、休憩ポイントの目安としたり、進む方向を確認したりするのがおすすめです。

その後は歩きやすい尾根道がしばらく続きます。やがて見えてきたのが、「むじな坂峠」と刻まれた石標。“むじな”と聞くと、アナグマやタヌキにまつわる昔ばなしを想像してしまいますが、実際の由来は、峠の前後に点在する6つの地名(白山橋、長坂、花立峠、月待場、京塚、細入)を合わせた「六つ名(むつな)」がいつしか「むじな」になったのだとか。

さらに5分ほど進むと、物見峠に到着します。ここもコース随一のビューポイント。視界いっぱいに広がる雄大なパノラマが、疲労感を一瞬で忘れさせてくれます。

物見峠を過ぎて、目の前に現れたのはどこまでも続いていくかのような長い木段。足元を確かめながら、一歩、また一歩と慎重に下っていきます。先ほど通ってきた木段よりも傾斜がきつく、段数も多いため、両脇に設置された鎖をしっかり握りしめて……。無事に下り切ったとき、全身の力がふっと抜け、安堵のため息がこぼれました。

ここを過ぎれば、もう大きな登り下りはありません。周囲の風景を楽しむ余裕も出てきます。足もとに目をやると、土の間からひょっこり顔を出す小さなきのこたち。しっとりとした森の空気の中、個性あふれるかわいらしい姿に釘付けになり、しばし足を止めて観察タイム。小休止を繰り返しながら、静かな尾根道を40分ほどゆっくりと歩いていきます。

すると、道中でカラフルな看板を発見。「いらっしゃいませ!ここからは七沢森林公園です!」と書かれており、ハイキングコースと県立七沢森林公園の園路はつながっています。そのまま道なりに進んで、自然のオブジェのように立つ基準点、そして階段の脇にひっそりと佇む三角点を過ぎれば、順礼峠はもうすぐそこです。

「順礼峠」という名は、かつて坂東三十三観音霊場を巡った参詣者が行き交ったことに由来します。そんな信仰の道を見守るように、地蔵尊が静かに佇んでいます。この地には、悲しい伝承も残っています。江戸時代中期、信州から巡礼に訪れた父娘が峠を越えようとした際、盗賊に襲われ命を落としたのです。それを哀れに思った村人たちがその魂を慰めるため、地蔵を祀ったのだとか。静かに手を合わせたら、あとは一気にゴールを目指しましょう。

案内板に従って住宅地を抜ければ、「広沢寺温泉入口」や「七沢温泉入口」のバス停に着きます。

全長約4.5km、所要時間およそ2時間半の「白山順礼峠ハイキングコース」は、四季を通じてさまざまな表情を見せてくれる、魅力あふれるルートです。季節の風を感じながらおだやかな尾根道をのんびりと歩けば、心も体もリフレッシュ。登山初心者でも無理なく楽しめて、訪れるたびに新しい発見と癒やしに出会えることでしょう。


うなぎに鮎、いのしし鍋まで。厚木ならではの四季の味覚がそろう七沢の名店「和風料理おかめ」

東丹沢の山あいに抱かれた静かな七沢温泉郷に、地元の人たちに長く親しまれてきた老舗「和風料理おかめ」があります。昭和20年の創業以来、うなぎ料理と四季折々の郷土料理を看板に掲げてきました。

もともとは本厚木駅近くで営業をしていましたが、新鮮な食材とおいしい水を求めて昭和63年、現在の七沢の地へと移転しました。店のそばを流れる玉川のせせらぎと、山あいの静けさが調和するこの場所では、訪れる人の心をゆっくりとほどいてくれるような時間が流れています。

店主の佐藤さんはこの店の3代目。高校在学中に祖父が創業したこの店を継ぐ決意を固め、卒業後は旅館や料亭で5年間の修行を積みました。「今でも朝の仕込みのときには、82歳になる父もいっしょに厨房に立つんですよ」と佐藤さん。三代にわたって親子で腕をふるい、厚木の味を今も守り続けています。

店内で目を引いたのが、「当店の水は地下100メートルより汲み上げた丹沢山系の地下水を使用しています」という張り紙。佐藤さんによれば、七沢に移転してきた際、「良い水が出るかもしれない」と思い立って敷地内で掘削したところ、清らかな水が湧き出したのだそうです。

以来、「和風料理おかめ」ではすべての料理にこの地下水を使用しています。佐藤さんによると、「水がいいと、味がまろやかになるんです」。店の入口脇に設置された大きな水槽で元気に泳ぐ鮎も、心地よさを感じているような気がしてきます。

看板料理は、創業当時から変わらぬ調理法で焼き上げる「うなぎの蒲焼」。来店客の半数が注文するという、不動の人気メニューです。使用するのは、国産うなぎの中でも肉質のきめ細かさと脂のノリに定評のある、愛知県一色産の活うなぎ。新鮮なうちにさばき、丁寧に串打ちして焼き台へと運ばれます。

「初代の頃は夏だけの提供でしたが、今では一年を通して楽しめるようになりました」と佐藤さん。注文が入ると、まずうなぎを約15分間かけて丁寧に蒸し上げ、自家製のタレを幾度も重ね塗りしながら、じっくりと焼き上げていきます。外は香ばしくパリッと、中はふっくらやわらかく。創業以来継ぎ足されてきた秘伝のタレがうなぎと絡み合い、芳醇な香りがふわりと鼻をくすぐります。

うなぎの魅力を余すところなく味わいたいなら、「うなぎコース定食」がおすすめ。うな重を中心に、肝吸い、お刺身、季節の前菜、茶碗蒸しなどが並ぶ、まさにご馳走尽くしの一膳です。

まずはうなぎをひと口。香ばしい皮の下から、ふっくらとした身がとろけるようにほぐれ、タレとご飯が一体となって口いっぱいに広がる至福の味わいがたまりません。この日の前菜は、自家製ごま豆腐、つぶ貝、鯛の南蛮漬けの3種。どれも手仕事の丁寧さが光ります。そして、隠れた人気メニューとして知られる自家製のぬか漬けで箸休め。80年もののぬか床で漬け込まれた野菜は、しっかりと発酵した酸味と旨みが絶妙です。

食後の水菓子には、さっぱりとした自家製ゆずゼリーを。「このゆず、あそこの実なんですよ」と佐藤さんがほほえみながら、窓の外を指さします。庭で実ったゆずを収穫し、果汁はポン酢しょう油に、皮はゼリーに。自然の恵みを余すことなく活かした一品で、食事の締めくくりをやさしく彩ります。

そして、「和風料理おかめ」のもうひとつの魅力は、季節ごとの旬菜を織り交ぜた郷土料理の数々です。

春は竹の子やたらの芽など、山の恵みを生かした天ぷら。初夏から秋にかけては、厚木が誇る名産の鮎の登場です。飯山の養魚場から週2回仕入れる鮎は、調理の直前まで水槽でのびのび泳いでいるため、鮮度の高さは折り紙付き。「うなぎだけでなく、鮎が目当てのお客さまも多いんです」と佐藤さん。なかでも「若鮎の塩焼き」は評判で、遠方からわざわざ訪れる常連客も少なくありません。

秋には香り豊かな松茸やきのこ料理、冬は地元で捕れたイノシシを使った「いのしし鍋」と、厚木という土地がもつ食の豊かさを、メニューを通して感じさせてくれます。

「寒い季節には『味噌煮込みうどん』を注文されるお客さまも多いですね。3種類の味噌をお店独自で合わせて作った、『いのしし鍋』と同じスープを使っているんです」と佐藤さんは話します。

既製品や調理済みの食材に頼らず、出汁から一つひとつ丁寧に仕上げるのが「おかめ」の流儀。「なるべく地元のものを使いたい」という佐藤さんの思いは、お土産づくりにも息づいています。自家製のポン酢しょう油や、うなぎを捌いた後の骨を油で揚げた香ばしい骨せんべいは、「お客さまの『お土産にしたい』という声に応えて」今も手づくりを続けているそうです。

宴会や法事など地域の集まりでも重宝され、ハイキングや温泉で七沢を訪れる方の食事処としても人気の「和風料理おかめ」。丁寧な仕事の積み重ねが、滋味あふれる味となって受け継がれ、今日も多くの人たちをあたたかく迎えています。

※掲載情報は取材日時点(2025年9月)のものです。


記事のスポット情報

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白山(はくさん)

厚木市と清川村の境に位置する白山は、標高284mの山です。中腹にある「飯山観音 長谷寺」の観音堂から山頂まではハイキングコースが整備されていて、登頂までおよそ30分。春は長谷寺周辺の桜、初夏の新緑、秋の紅葉など、四季が織りなす自然を楽しみながら歩くことができます。山頂の展望台からは厚木市街を一望でき、空気の澄んだ日だと横浜ランドマークタワーや新宿の高層ビル群、東京スカイツリーまで見渡せることもあります。

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和風料理おかめ

昭和20年創業の「和風料理おかめ」は、うなぎと季節の郷土料理が評判の老舗です。昭和63年に本厚木駅近くから自然豊かな七沢に移転しました。地下100mから汲み上げる丹沢山系の清らかな水を使い、厚木の旬の素材にこだわっています。通年で味わえる人気メニューのうなぎはもちろん、春の山菜、夏の鮎、秋のきのこ、冬のしし鍋と、四季折々の味覚が揃うのも魅力。宴会や法事など幅広いシーンで親しまれる、厚木を代表する和食処です。