自然と癒しの日向薬師参りと地域の美味しいモノが並ぶひなたマルシェ
「日向薬師」の名で親しまれる日向山宝城坊のある伊勢原市日向は、大山の東麓に広がる自然豊かなエリアです。大山に源流をもつ日向川の中流は日向渓谷と呼ばれ、周辺にはキャンプ場やマス釣り場も。
今回は歴史ある日向薬師参りと合わせ、日向薬師珈琲焙煎所とひなたマルシェを巡る観光コースをご紹介します。
歩いて感じる歴史と癒し 源頼朝も参詣した「日向薬師」
日向薬師へは伊勢原駅からバスで約20分。昭和レトロを感じさせる「丹沢大山国定公園」の歓迎ゲートの先に見えるのは大山の頂です。大山詣りが盛んだった江戸時代、この道は七沢や日向薬師を経由して大山へ参る主要ルートでもありました。
「日向薬師」バス停で下車し、少し下ると参道への入口があります。もともとの名称は日向山霊山寺(りょうぜんじ)でしたが、明治以降はその筆頭坊だった「宝城坊」が寺宝や御堂を引き継ぎ、日向薬師の名前で親しまれてきました。
急登がはじまる階段付近(写真右)で白装束に着替え、霊場に入ったと伝わるのは源頼朝公。征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いた後、1194年8月に娘の大姫の病気治癒を願い参詣したことが吾妻鏡に記されています。天皇をはじめ北条氏や徳川家からも帰依を受けてきた霊山寺。歴史に名を残した武将らもこの参道を歩いたことでしょう。
緑の中に突然現れる仁王門(山門)。筋骨隆々の赤い金剛力士像が睨みをきかせ、仏敵の侵入を防いでいます。この仁王門を抜けた先には、古道と呼ぶにふさわしい参道が続いています。
日向薬師は1,300年以上も昔、奈良時代が始まったばかりの716年に、後に東大寺の大仏造立に尽力した功績により東大寺の四聖(ししょう)の一人と称えられた僧、行基(668-749)により創建されました。朝廷のあった奈良から遠く離れた「東方」のこの地に開基したことは、長く山林修行に励んだことによる自然への親しみとこの土地が放つ力強さのようなものを感じたからなのかもしれません。
参道沿いには杉の巨木も並び、岩肌を削られ作られた階段からも永い時の経過を感じることができます。この緩い勾配の参道を10分ほど歩くと日向薬師の境内へ到着します。最後の階段を登りながら視線を上げると、開かれた明るい境内に建つ大きな薬師堂の存在に思わず圧倒されます。
国指定重要文化財の本堂は平成22年から28年にかけて約270年ぶりに保存修理が行われ、修繕と並行して行われた調査では、部材の多くが江戸時代のものながら、一部は鎌倉時代の木材の使用も確認されたそうです。
荘厳な空気が満ちる本堂に入りましょう。江戸時代作と言われる薬師如来坐像と、薬師如来さまを囲むようにして立つ十二神将立像を見ることができます。薬師如来さまは穏やかな表情を浮かべ、右の手のひらをこちらへ向ける施無畏印(せむいいん)のポーズ(印相)で迎えてくれます。「恐れることはないよ。心配しなくていいよ」と伝えてくださっているそうで、左手には小さな薬壺が乗っています。
静かに手を合わせて合掌礼拝で薬師如来さまと向き合います。
薬師如来さまの正式名称は東方浄瑠璃教主薬師瑠璃光如来。大医王仏さまとも呼ばれるように疫病や病気の治癒、健康や長寿、災難の除去、安産祈願などにご利益があると言われています。「東方」には現世という意味があり、来世を表す「西方」の極楽浄土へ導き救ってくださる阿弥陀如来さまとは異なるご利益を授けてくださるそうです。
本堂の左奥にある宝殿にはご本尊、平安時代作 鉈彫り(なたぼり。鉈でほった質感を敢えて表面に残す技法)の薬師如来坐像を含めた薬師三尊像が収蔵されています。これらの秘宝は年に5日間(元旦~1月3日、初薬師1月8日、春季例大祭4月15日)のみ、御本尊開扉日に公開されます。他にも霊山寺時代からの寺宝が数多く収蔵されており、各時代に作られた仏像など国や県が指定する重要文化財の数々をじっくりと拝観することができます。
毎年4月15日に開かれる春季例大祭では、ご本尊の御開帳のみならず、山岳信仰の様子を今に伝える神木のぼりなどの修験修行の儀式も披露され、修験場としても有名だった日向薬師の歴史に触れることができます。
参道や境内を歩くだけでも自然の放つ香りや緑に心が落ち着き、誰かにじっくりと話を聴いてもらったかのような不思議な癒しを感じます。
今を生きる自分と大切な人の健康を願う私たちへ、穏やかなお顔で「案じなくてもよい。大丈夫だよ」と語りかけているような日向薬師さま。優しい表情で現世利益を約束してくださる如来さまのところへ、一度と言わず、何度も足を運んで手を合わせることが大切なのかもしれません。
1300年の歴史を持つ日向薬師に、お参りに出かけてみてはいかがでしょうか。
日向エリア 季節の花めぐり
日向薬師境内の後方には、昭和50年頃に植えられた約100本の梅林があります。また、周辺には日陰道など紫陽花や彼岸花の名所もあり、大山と日向山の麓に広がる里山を散歩しながら、季節ごとに異なる風景を楽しむこともできます。
日向梅林(2~3月)
日向薬師本堂の後方、境内の奥には梅林があり、早春には紅白の花を楽しむことができます。この梅林を抜けると、日向山山頂へ通じるハイキングコースも整備されています。
日陰道の紫陽花ロード(6月)
日向の紫陽花スポットは、「高橋」バス停付近と徒歩約4分ほどの場所にある日陰道。大山の頂を望む日向川沿いの日陰道で、地元の方々が植栽された紫陽花の花を楽しむことができます。
日向の彼岸花群生地(9月)
黄金色の稲穂と里山の緑に映える真っ赤な彼岸花は、「かながわ花の名所100選」にも選ばれる絶景スポット。「諏訪坂下」バス停からすぐの蓮池周辺や「日向薬師」バス停裏の田んぼの畦道など、広範囲に群生地が広がっているので、のんびりと散策しながら楽しむのがおすすめです。
焙煎所併設のセルフ式コーヒースタンドで小休止(日向薬師珈琲焙煎所)
薬師参りの後はもちろん、大山や日向山への登山やハイキング、日向渓谷でのレジャー途中のコーヒーブレイクにぴったりのお店が、2022年9月から営業をはじめた「日向薬師珈琲焙煎所」です。「日向薬師」バス停のすぐ隣、昭和の風情漂うお店で、毎週土日限定で営業しています。
運営は、伊勢原市日向に本社を構えるオーガニック食品や雑貨類の小売・卸業を営む株式会社がいあプロジェクト。直営のGAIAお茶の水店やGAIA代々木上原店では、生鮮食品や野菜などを扱う自然食品店も営んでいる企業です。
店内ではコーヒー豆の他にも、自家製「やぎさん最中」をはじめ、ヘルシーなSOYジェラートやドリンク類、地域の作家さんが描かれた絵葉書などのグッズ、そして食器などの古道具や古本も販売されています。
店名の通り、店内奥に焙煎工房が併設されており、焙煎前後のピッキング作業(目視で品質に影響を与える豆を分ける工程)やロースト中の豆の状態を確認している時などは接客が難しいため、基本的にはセルフ方式での営業となっているそうです。もちろん接客できる時はしっかりと対応していただけます。
有機認証を取得した食品類を多く販売されているだけあり、コーヒー豆もオーガニックや農薬使用を減らした農園や品種を厳選して焙煎しているそう。ここで焙煎されたコーヒー豆は「日向珈琲」のブランドで販売されています。
焙煎されたばかりのコーヒーをこの場所でいただくこともできます。ホットコーヒーはドリップバッグに自分で熱湯を注ぎ、アイスコーヒーは自分でグラスに入れるセルフ方式です。機械化されてゆく現代において、このアナログ感がかえって新鮮です。深みのあるコーヒーの味にも合う「やぎさん最中」と一緒に味わいましょう!
バスの時間までゆっくりコーヒーを楽しむお客さんも多いそう。店頭のベンチやお店横のカウンター席で、頭を空っぽにして周辺の景色を眺めながらの一杯、日向ならではの贅沢な時間を過ごすことができます。
なお、日向薬師境内でも週末不定期で日向珈琲や「やぎさん最中」をいただくことができます。境内で飲むコーヒーも美味しそうですね。
それでは日向薬師珈琲焙煎所を運営するがいあプロジェクトが、毎週末開催する「ひなたマルシェ」にも足を運んでみましょう。
地域の美味しいモノとオーガニックな食材や雑貨がお得に買える「ひなたマルシェ」
「日向薬師」バス停・日向薬師珈琲焙煎所から歩いて13分ほどで到着するのが、ひなたマルシェの会場(株式会社がいあプロジェクトの本社社屋前スペース)です。開始から5周年を迎えたひなたマルシェは、毎週土日限定でオープン。がいあプロジェクトが営むオンラインショップの出荷倉庫が解放されるほか、キッチンカーや赤いテントが目印の「クルリンカフェ」では、近隣の事業者による美味しいモノや厳選された雑貨が販売されています。
伊勢原市公式キャラクター「クルリン」の名を冠した「クルリンカフェ」。中には厨房設備があり、出店される事業者さんのお料理やお菓子を求めることができます。この日は茅ヶ崎市を拠点に活動する「さくら食堂」さんが出店し、手作りドーナッツや焼き菓子、梅しそジュースなどを販売。クルリンカフェで揚げたドーナッツを求めるお客さんが次々に来店されていました。
クルリンは見た目の通り、大山土産の大山こまをモチーフにしたキャラクター。クルリンカフェでは、可愛らしいクルリンの見た目そのままの「クルリン焼き」も土曜日限定で焼きたてを販売されています。ふっくらとした生地の中にはこだわりの美味しい餡子がたっぷり。食べ応えも充分!持ち帰りもできます。
ひなたマルシェ開催日には近隣の人気キッチンカーや店舗さんも出店しています。和食のお弁当やパスタ、インドカレーにブラジル料理など、ユニークなお料理やお菓子を販売。いずれのお店も材料にこだわった手作りの個性あふれるメニューを用意されています。
この日は「CUMR FOOD TRUCK」さんが出店されていました。ひなたマルシェには月に1-2回出店されているそうで、毎回お昼過ぎには売切れとなるほどの人気だとか。
生地は北海道産の小麦粉、全粒粉を使い、酒粕から起こした自家製の天然酵母で発酵。トマトソースの原料となるトマト缶は有機認証。チーズや塩まで材料を厳選し、本格的なナポリピッツァを提供されています。
キッチンカーながら本格的な石窯が設えてあり、オーダーが入ってから1枚1枚丁寧に焼き上げて提供されています。定番のマルゲリータをはじめ6種ほどのメニューが用意されていました。ナポリピッツァの特徴でもある生地の縁(コルニチョーネ)まで味わい深く、毎回出店を楽しみにされているリピーターさんが多いというのも頷けます。
毎週異なる出店者の情報は、ひなたマルシェのSNSで告知されているそうですので、チェックしてお出かけください。
クルリンカフェやキッチンカーが出店されるスペースの奥にあるのが、株式会社がいあプロジェクトの本社社屋です。
ひなたマルシェが開かれる土日は倉庫を開放し、日本をはじめ世界中から厳選されたオーガニックや環境に配慮して作られた食材、各種調味料、お菓子、洗剤などの日用品まで、取り扱う約2,000品目以上のほとんどを10%割引で購入することができます。物価高となっている昨今に、良い製品をお得に購入できるのはなんとも嬉しいですね。
他にも近隣農家さんが栽培された新鮮な野菜を販売する日もあれば、蜂蜜や食品の生産者さんやメーカーが出店し、対面販売を行うこともあるとか。マルシェらしく売り手も賑やかに迎えてくださり、作り手や素敵な商品との新しい出会いもありそうです。
食事や買い物を楽しんだらヤギさん鑑賞はいかがでしょうか。
ひなたマルシェ会場の隣、「藤野入口」バス停裏の緑地では、ご近所の方が育てる数匹のヤギが暮らしています。マルシェを訪れるお子さんたちにも人気のこのヤギをモチーフに商品化されたのが「やぎさん最中」。日向観光のお土産にもイイですね。
がいあプロジェクトらしく、原料に使う小豆や砂糖も厳選し、京都の老舗製餡所に別注で作ってもらっているとのこと。サクッとした最中の皮の中のこし餡が絶品でした。(クルリン焼きの餡子も同じ原料、製餡所のものを使用しているそうです!)
東日本大震災から1年後の2012年4月にこの地で営業をはじめた株式会社がいあプロジェクト。「せっかく都内から日向へ移ってきたのだから、もっと地域との繋がりを持ちたいと思っていました」と話すのは、代表の佐々木さん。移転から5年ほど経過した頃から、地域との連携や貢献できることを具体的に模索しはじめたそう。
「日向薬師さんは、お薬師さん参りとして定期的に通うところ。お参りした後に楽しめるような場所を用意したいなぁ」と、自社スペースの活用を思い付いたそうです。当初は見本市的なイベントとして開催していましたが、人出が集中し過ぎたという経験も踏まえ、2018年から毎週末、定期開催としてスタートしたのがひなたマルシェでした。
最初は集客にも苦労されたそうですが、開催5周年を迎えた今では、近隣だけでなく遠方からもお客さんが訪れる人気のマルシェとして地域にしっかりと根付きました。ご近所の方も散歩や農作業の合間に食事や買い物に訪れ、交流が生まれています。
気候変動や社会的な情勢の変化により、人にも地球にも優しいオーガニックな製品は、作り手にも売り手にも難しい時代となっています。そんな中で地域の人々と繋がって地域に賑わいを作り出していることは、なかなか真似のできることではありません。
代表の佐々木さんをはじめ女性が多く活躍するがいあプロジェクト。自分たちの利益だけを考えずに、地域や関わりのある人々のことを考えて、じっくりと取り組まれていることは、薬師如来さまの願う「現世を生きやすくすること」と似ているのかも知れません。
日向薬師参りの後に、日向薬師珈琲焙煎所とひなたマルシェの周遊散歩。大山を望む気持ちのよい日向エリアの、週末の新しい楽しみ方として定着しはじめているようです。
この記事のスポット情報
今回は、小田急線、神奈中バスでアクセスできる日向薬師と周辺を気軽に散策する観光プランのご紹介でした。癒しを感じる日向薬師へのお参りと季節のお花鑑賞、そしてマルシェでは食事やお買い物をお楽しみいただけます。
伊勢原駅までは新宿駅から約55分で到着します。
豊かな自然と歴史が堪能できる日向薬師参りと日向周辺散策に、ぜひお出かけください。
※掲載情報は取材日時点(2024年6月)のものです。
INFORMATION
日向薬師
正式名称を日向山 宝城坊(ひなたさん ほうじょうぼう)といい、1300年の歴史を伝える高野山真言宗のお寺です。日本三薬師のひとつとされ、多数の重要文化財を所蔵。仁王門をくぐり、参道をゆっくりと歩きながら本堂へ向かうと、より趣を感じられます。病気平癒、無病息災、身体健全などのご利益があるとされています。
INFORMATION
日向薬師珈琲焙煎所
毎週土日限定でオープンする珈琲豆焙煎工房を併設した売店です。セルフ方式でコーヒーを淹れ、軒先のベンチでいただくこともできます。他に自家製「やぎさん最中」をはじめ、ヘルシーなSOYジェラートやドリンク類、地域の作家さんが描かれた絵葉書などのグッズ、古道具や古本なども販売されています。
INFORMATION
ひなたマルシェ(株式会社がいあプロジェクト)
毎週土日限定で開催されるマルシェ。地域の飲食店やキッチンカーが出店し、手作りの美味しい料理やお菓子を販売しています。マルシェを運営する株式会社がいあプロジェクトの倉庫を開放し、取り扱う2,000品目以上のオーガニックな自然食品や雑貨品の多くを定価の10%割引で購入することもできます。